ガイーヌ(ハチャトゥリヤン)

<曲名>
ガイーヌ(ハチャトゥリヤン)
 
これまで何度も書いていることですが、あらゆる管弦楽曲の中でマイベスト3は、ブラームス(シェーンベルク編曲)のピアノ四重奏曲第1番、チャイコフスキーの「白鳥の湖」、そして「ガイーヌ」です。「剣の舞(つるぎのまい)」だけ突出して有名な「ガイーヌ」は、実はバレエ音楽ですが、上演機会はほとんどなく、バレエの世界でハチャトゥリヤンと言えば「スパルタクス」です。しかし!音楽の世界ではハチャトゥリヤンと言えば「ガイーヌ」です、間違いない。
 
<演奏>
(1)ジャンスク・カヒッゼ指揮モスクワ放送交響楽団【1977年録音、MELODIYA】(改訂版全曲)
(2)ロリス・チェクナヴォリヤン指揮ナショナル・フィル【1976年録音、RCA】(原典版全曲)
(3)ロリス・チェクナヴォリヤン指揮アルメニア・フィル【1991年&1993年発売、ASV】
(4)アレクサンドル・ヴィリュマニス指揮ラトヴィア・オペラ&バレエ・カンパニー【1980年収録、VAI】
 
<原典版のあらすじ>
アルメニアの国境に近いコルホーズ(集団農場)で綿花を栽培する若妻ガイーヌと彼女の一族や仲間たちはまじめに働いているが、ガイーヌの旦那はだらしないダメ男で、しかも犯罪に手を染めようとしている。ガイーヌは旦那の悪企みを止めようとするが、わが子を崖から突き落とすと脅された挙句に短刀で重傷を負わされ、旦那は逮捕される。そしてガイーヌは自分を助けて献身的に看護してくれた警察隊長にいつしか愛情を感じるようになり、仲間のカップルとともに3組で結婚式を挙げて、皆に祝福され、ハッピーエンド。
<改訂版のあらすじ>
アルメニアの村娘(独身)のガイーヌは、アルメン君と付き合っている。ある日、アルメン君が親友のゲオルギー君と2人で山に出かけたときに、ケガをして意識を失っている少女アイシェを見つけて助ける。ゲオルギー君はアイシェを好きになるが、ゲオルギー君は、アルメン君がアイシェといい感じになっていると誤解し、激しく嫉妬する。ゲオルギー君とアルメン君が険悪になっていくのを心配するガイーヌとアイシェ。その後、いろいろあるけど、ガイーヌとアルメン君の愛は変わらない。最後にはゲオルギー君の誤解も解けて、ハッピーエンド。
というわけで、同じ「ガイーヌ」でも、原典版(1942年初演)と改訂版(1957年初演)はまったく違うお話です。ヒロインのガイーヌをはじめ、登場人物の名前だけはけっこう踏襲していますが、例えば、ドラえもんとのび太くん・しずかちゃん・スネ夫・ジャイアンの名前はそのままで、キャラの設定がまったく変わってしまったら、それはもはや「ドラえもん」ではない。
 
音楽的にも、原典版の大部分は改訂版にも使われていますが、なにしろストーリーがまったく違うので使われる場面も当然違うし、「○○の踊り」といった一つ一つのダンスの曲名も変わり、非常にややこしい。原典版にしか登場しない曲(「ゴパック」など)、改訂版にしか登場しない曲(「収穫祭」など)もあります。演奏時間は改訂版のほうが長く、原典版全曲盤(チェクナヴォリヤン)は約100分、改訂版全曲盤(カヒッゼ)は約140分です。
 
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ジャンスク・カヒッゼ指揮モスクワ放送交響楽団
【1977年録音、MELODIYA】(改訂版全曲)
http://www.youtube.com/watch?v=_JlGS1m1PL4 (全曲)
 
先に、改訂版(ボリショイ版ともいう)の全曲盤(1)。オケの名称は「USSR(ソヴィエト連邦)なんちゃら交響楽団」と記載されている盤と、「モスクワ放送交響楽団」と記載されている盤があります。また、裏ジャケには「アラム・ハチャトゥリヤン監修」(Artistic Supervision)と記載されていますが、詳細は不明です。気にしないことにします。
 
演奏は、もう圧巻!パチンコ屋のように賑やかなオープニングはすぐに短調に転落し(1分17秒~)、大地をザクザクと踏みしめるリズムの刻みに自分(聴いているだけ)の体にも力がみなぎってくるのを感じます。ロシア(ソ連)って、極寒の大地というイメージがあるけど、音楽はなぜこんなに熱いんだろう!ぼくは、冒頭の5分間を聴いて何も感じない人に、「ガイーヌ」をこれ以上勧める自信がない。
 
オケは弦楽器も管楽器も圧倒的なパワーです。ちょっとアバウトなところもあるけど、そんな小さな問題を指摘している場合じゃない。この人たちは食べてるものが違うんじゃないかと思うほど(実際そうかもしれないが)、腹にズシズシと響く音に、「ソ連のオーケストラはなんて凄いんだ!」と、頭ではなく全身に叩き込まれる感じ。
 
約140分の全曲盤を「全部いい」と書くのは何も挙げないのと同じことなので、冒頭の5分間のほかにここだけは!という場面を幾つか、強烈なリズムのダンスの数々をあえて外して選んでみると、アイシェとゲオルギーのデュエットの「スパルタクス」ばりの濃厚ロシアン・ロマン(38分40秒~)、ゲオルギーとアルメンの険悪な関係を心配するアイシェとガイーヌ(1時間02分45秒~)[原典版や組曲では子守歌]、そしてこれまた濃厚ロシアン・ロマンのガイーヌとアルメンのデュエット(2時間04分18秒~)[この直後が、剣の舞]
 
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ロリス・チェクナヴォリヤン指揮ナショナル・フィル
【1976年10月25日&27日録音、RCA】(原典版全曲)
http://www.youtube.com/watch?v=EB0_23XGNU0 (クルドの若者たちの踊り)
http://www.youtube.com/watch?v=Ys7C761Y1rQ (山岳民族の踊り)
http://www.youtube.com/watch?v=1OVPLq6qFkA (歓迎の踊り)
http://www.youtube.com/watch?v=7ZbwjaH_2Ms (レズギンカ)
http://www.youtube.com/watch?v=i6AJYaKplzk (剣の舞)
 
次に、原典版の全曲盤(2)。率直に言うと、ぼくは改訂版のほうが好きです。改訂版は様々な主題が別の場面でも形を変えて使われるなど全曲の統一感に配慮しているのに対し、原典版は一つ一つのダンスの独立感が強く、全曲盤なのに組曲を聴いているような気がします。どちらがよいかは人それぞれの好みです。しかし客観的に言えることは、改訂版のほうがはるかに長く、原典版では聴けない音楽が詰まっているということです。
 
そんなわけで、ぼくはこれまで当盤をいいかげんに扱ってきたのですが、あらためて聴いてみるとこりゃ凄い!一つ一つのダンスのリズムが生きていて、合奏が崩壊しない安心感のもとで「ガイーヌ」の強烈なダンスの数々を効率よく楽しむことができます。勇壮なばかりでなく、「歓迎の踊り」のリズムは粋で、クラシック離れしていて、素敵です。何を隠そう、ぼくはこの曲だけ取り出して聴くことがあります。
 
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ロリス・チェクナヴォリヤン指揮アルメニア・フィル
【1991年&1993年発売、ASV】
 
(3)はチェクナヴォリヤンの新盤。2枚合わせて12曲を「ガイーヌ」以外の曲と抱き合わせて録音しています。発売年は記載されていますが、録音年は不明。今回は組曲とか抜粋は取り上げないつもりでしたが、当盤は全曲盤を録音した指揮者の別録音なので例外。余談ですが、当盤はバラで買うより9枚セットがお買い得です。
 
演奏は、「レズギンカ」が飛び抜けて凄い。旧盤(全曲盤)も「レズギンカ」になるとテンションが数段上がっていましたが、型破り感は当盤のほうが上。この爆演に彼らとともに興奮するには、聴き手にもそれなりの資質が求められます。岸和田のだんじりをテレビで見るような、「現地の熱気は凄いんだろうなぁ」的な理性は捨てなければならない(←自分に言い聞かせるLoree)。しかし、併録の「ヴァレンシアの寡婦」のために持っていたい1枚です。
 
(おまけ)さぞかし、まるでシモン・ボリバルの若者たちのようにノリノリで演奏しているんだろうなぁ…と思ったら、誰も笑ってないアルメニア・フィルの皆さん→ http://www.youtube.com/watch?v=kIQS_fWbjkA
 
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アレクサンドル・ヴィリュマニス指揮ラトヴィア・オペラ&バレエ・カンパニー
【1980年収録、VAI】
http://www.vaimusic.com/DVD-B/4428.html
http://www.youtube.com/watch?v=sR5imaQWwrQ (バレエ)
 
(4)はラトヴィアのバレエ団のボリショイ劇場におけるライヴ(ボリショイのバレエ団ではない)。「ガイーヌ」はそもそもバレエ作品ですが、舞台にかかることはめったになく、現在、市販されている映像商品はこれが唯一です、間違いない。しかし、原典版でも改訂版でもなく、折衷版なのか、独自の創作版なのか、謎です。ガイーヌの旦那が出てくるので、ベースは原典版かしらん。ダンスとオケについてはノーコメント。
 
むしろ、特典映像として併録されているハチャトゥリヤン自身が指揮するボリショイのライヴ(白黒映像)が貴重です(→ http://www.youtube.com/watch?v=DYrkNBqHt-A )。音だけでも聴き応えのある力強い演奏。ハチャトゥリヤンの自作自演盤は幾つも出ているので、いつか(今世紀中に)整理して紹介します。今日はもう限界
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ジゼル(アダン)

どの楽器でも、オーケストラにはソロがあります。管楽器に比べると、弦楽器はその機会は少ないですが、首席奏者が披露するソロはどれも印象的です。
 
<曲名>
バレエ「ジゼル」第2幕~パ・ド・ドゥ(アダン)
http://www.youtube.com/watch?v=eqRHVe_VrR8 (6分55秒)
 
アドルフ・アダン(1803~1856)と言えば「ジゼル」です。アダンの名前はほとんど知られていなくても、「ジゼル」はバレエの世界では知らない人のいない超人気演目です、間違いない。
イケメン王子が身分を隠して村に潜り込み、純朴な村娘ジゼルと恋仲になる。しかしジゼルはこの恋が身分違いで、しかも自分が二股されている(しかも遊ばれているほう)とは夢にも思わない。真実を知ったジゼルはショックのあまり死んでしまい、亡霊となってウィリ(花嫁になれずに死んだ女亡霊)に仲間入りする。夜になってジゼルの墓を訪れた王子を女亡霊たちが取り囲む。絶体絶命!しかしジゼルは亡霊となった今も王子を愛していて、身を挺して王子を庇おうとする。そして二人の愛のデュエットが始まる…(上の動画はこの場面)
二人を包むのは、愛の溜め息も混じる極甘の音楽。冒頭からソロを弾くのはヴィオラ。これがもしヴァイオリンだと生々しすぎ、チェロだと存在感がありすぎる。この場面にヴィオラの中性的な音色を選んだオーケストレーションは天才的です。
 
メロディーが管楽器に移る箇所もヴィオラはアルペジオでオブリガードを付けますが(1分37秒~)、フィストゥラーリ、カラヤン、ボニングの演奏ではここにオブリガードはなく、管楽器に完全に譲ってヴィオラは休止しています。バレエの現場で使用されるスコアはオブリガードのブリッジによってヴィオラは数分にわたって弾きっぱなしという、他に類例の心当たりがないほどの長大なソロとなっています。
 
まるで、ヴィオラ協奏曲。
 
(Loree所有盤)
【1959年】アナトール・フィストゥラーリ指揮ロンドン交響楽団[MERCURY](全曲盤)
【1961年】ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル[DECCA](全曲盤)
【1962年】リチャード・ボニング指揮ロンドン交響楽団[DECCA](パ・ド・ドゥのみ)
【録音年不明】スタニスラフ・ゴルコヴェンコ指揮サンクトペテルブルク放送交響楽団(パ・ド・ドゥのみ)

めくるめく官能!スパルタクス(ハチャトゥリヤン)

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<タイトル>
バレエ「スパルタクス」第3幕~アダージョ(ハチャトゥリヤン)
 
ハチャトゥリヤン(1903~1978)と言えば、「剣の舞(つるぎのまい)」。ところが実はこの超有名曲を含むバレエ「ガイーヌ」の上演機会はほとんどなく、バレエの世界でハチャトゥリヤンと言えば「スパルタクス」です。間違いない!
 
<あらすじ>
紀元前ローマ。圧政に苦しむ奴隷たちが立ち上がり、反乱を起こす。スパルタクスは反乱軍の指導者となるが、クラッスス率いるローマ軍に敗れ、壮絶な最期を遂げる。
<出演>
イレク・ムハメドフ(スパルタクス) ←男
リュドミーラ・セメニャーカ(フリギア) ←女
アルギス・ジュライチス指揮ボリショイ劇場管弦楽団【1990年収録、Geneon】
http://www.youtube.com/watch?v=SjVE_YP4gsQ (8分05秒)
 
スパルタクスとその妻(フリギア)の愛のデュエット。
 
早朝のスパルタクス陣営。テントから起きてきたフリギア。平和なひととき。長大にして絶美のオーボエ・ソロ(0分45秒~)につづいて、ヴァイオリン群がオーボエから愛のテーマを受け継ぐ(1分50秒~)。あらすじから想像の通り、「ガイーヌ」に勝るとも劣らない勇壮で激しいリズムのダンスに圧倒されるこのバレエの中で、とろけるように甘く、陶酔ここに極まる最高にロマンチックな場面。分厚いオーケストラのハーモニーに絡む低弦のピツィカートやクラリネットの対旋律に身悶えせずにはいられない。ますます両手両足をめいっぱい広げ、生を謳歌するフリギア。
 
そこへスパスタクスが登場し、デュエットとなる(3分06秒~)。しかし、大人はいきなり激しく求め合うことはしない。焦らしに焦らした末、渦巻くように濃密な時間を唐突に止め(4分59秒~※)、クライマックスに向けて急加速を始める。(※この版ではここにカットがあるので、余計に唐突に感じる)
 
絶頂で高らかに鳴り響くトランペット(5分23秒~)は「愛の勝利」の象徴と信じて疑わない…この時点では。アクロバティックな二人のダンスに目が釘づけ。そして静かに流れる余韻。不協和音さえも美しい(6分17秒~)。やがて悲劇的な終焉を迎えることを知ってか知らずか…。
 
めくるめく官能。

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