シャコンヌ(ヴィターリ)/エドゥアルト・メルクス

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<曲名>
シャコンヌ(ヴィターリ)
 
<演奏>
エドゥアルト・メルクス(Vn)
ライオネル・サルター(Org)、カール・シャイト(Lute)、アルフレート・プラニヤフスキー(Cb)
【1971年1月26~29日録音、ARCHIV】
https://www.youtube.com/watch?v=qC8hdDsIOCE (11分32秒)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FDAZ (試聴できます)
http://tower.jp/article/feature_item/2013/08/05/1101 (メルクスBOX)
ヴィターリのこの曲は、よくよく考えてみると、ふしぎな位置にある。荘厳な感じではあるが宗教色は希薄であり、詩的でも散文的でもない。響きの交差をヴァイオリンは縫ってゆき、ときにはなまなましく、ときには装飾的になる。音の織物と呼ぶには、実体がありすぎる。なにか別な空間を想ったほうがよさそうなのだが、私には適切なことばが見つからない。もしかしたら天上の風景かもしれない。[推薦盤:エドゥアルト・メルクス](宮城谷昌光「クラシック 私だけの名曲1001曲」新潮社、2003年)
オーストリアのヴァイオリニストとして、今日特に知られているのは、ウィリー・ボスコフスキー、ヴォルフガング・シュナイダーハン、及び早くから演奏の名手、及び教育家として、両面の活動をしているエドゥアルト・メルクスである。(マルク・パンシェルル/大久保和郎訳「ヴァイオリン」、白水社、1967年)
この曲にはいくつかの版があるが、ここではメルクス自身がドレスデンの手稿譜をもとに自作した通奏低音の具現や装飾音によって演奏されている。(戸口幸策・黒川孝文、CD解説書より)
ぼくが初めて聴いたヴィターリはヘンリク・シェリングでした。そして何を隠そう、初めて自分で買ったのはメルクス。中学3年のとき(1989年)に買ったこのCDはヴィターリのほか、皆川達夫先生が推薦しているタルティーニの「悪魔のトリル」とコレッリの「ラ・フォリア」も入っていて、お買い得だったのです
 
しかし、メルクスのヴィターリには驚きました。それまで聴いていたピアノ伴奏のシェリングとは違って、メルクスは復古的なスタイルで演奏する人だということは知っていましたが、芸風だけじゃなくて弾いている音符もかなり違う。それで解説書を読んで、ぼくは初めてこの曲に様々な「版」があることを知った。
 
メルクスについては、ボスコフスキーやシュナイダーハンと並べたパンシェルル評よりも「品のいい落ち着いた古雅という言葉がぴったりなヴァイオリン」というパス●エさん評に共感します。ぼくはアルムッツィ(前回紹介)を素朴だと書きましたが、メルクスに比べたらアルムッツィもずいぶん訴えかける力が強いヴァイオリンということになる。絶対評価は難しい。
 
メルクスのヴァイオリンは、楽器の特性もあるのでしょうけど、音色自体は正真正銘のすっぴん素肌、無味無臭。好みが分かれるかもしれませんが、ぼくにとってはヴィターリよりも前にヘンデルのソナタに魅了されて以来、メルクスはオンリーワンなのです。昨年発売された20枚組BOXをパ●ピエさんから教えていただいて即買いしたことは言うまでもない。
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シャコンヌ(ヴィターリ)/ガブリエッラ・アルムッツィ=ロメイ

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<曲名>
シャコンヌ(ヴィターリ)
 
<演奏>
ガブリエッラ・アルムッツィ=ロメイ(Vn)、ルイジ=フェルディナント・タリアヴィーニ(Cem)【1960年代後半録音、ERATO】
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000ARKDX (試聴できます)
私が高校生だった頃(※)、ちょうど日本コロムビアが1000円盤を発売しはじめ、本格的な国内廉価盤ブームが到来しつつあった。そうした中で、エラートの1000円盤シリーズは統一ジャケットで簡素なものだったけれども、内容的にはとても充実していた。(中略)ガブリエレ・アルムッツィ=ロメイによる「イタリア古典ヴァイオリン名曲集」などを買って、繰り返し何度も聴いた。(谷戸基岩「クラシック“ローカル線”の旅~私をレコード蒐集の底なし沼へ導いたLPとの出会い」:音楽之友社「別冊レコード芸術」SUMMER 1999より)Loree註:国内盤LP(RE-1042)は1972年発売
この曲は、まれにみる表現力と、おどろくべき和声の大胆さを示しているが、オリジナル版によって録音されたのはこのレコードが初めてである。(Claude Mercier-Ythier、安藤元雄訳)
チェンバロ奏者タリアヴィーニは世界的に知られている人ですが、このヴァイオリニストのことは3年前にみず●師匠から教えていただくまで名前も知りませんでした。経歴不明。ネットで検索しても手掛かりはほとんどなく、Alina Companyという美人ヴァイオリニストの経歴(イタリア語)にGabriella Armuzziに師事したと書かれている(と思われる)のが唯一の情報です。
 
演奏はきわめて真摯かつ質素。「オリジナル版」とは、この曲の最も古い手稿譜に基づく演奏と思われます。グリュミオーも、シャルリエ版のオイストラフやシェリングに比べたら地味だと感じましたが、アルムッツィに比べたらグリュミオーはずいぶん鮮やかで艶っぽい。アルムッツィを地方の県立高校に通う黒髪の女子生徒に喩えるならば、グリュミオーは都会のイケてるOLと言えよう。シャルリエ版は藤原紀香。
 
モダン楽器とはいえ、さすがエラート、19世紀の垢を洗い流したバロックふうのスタイルで作品本来の姿を明らかにするコンセプトですが、今となっては、アルムッツィの念押しするようなヴィブラートとタリアヴィーニの折り目正しく拍節感の強いサポートには録音された時代の刻印を感じます。同じオリジナル版の桐山建志さんの流線形のヴィターリとの聴き比べは一興。
 
なお、この演奏は、ワーナー社から最近発売された「ニュー・ベスト・ヴァイオリン100」という6枚組の華やかなオムニバス盤にも収録されています。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00LFVN6M2 (試聴できます)

シャコンヌ(ヴィターリ)/アルトゥール・グリュミオー

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<曲名>
シャコンヌ(ヴィターリ)
 
<演奏>
アルトゥール・グリュミオー(Vn)、リッカルド・カスタニョーネ(Pf)【1956年7月録音、PHILIPS】
https://www.youtube.com/watch?v=oXWSlv1Gzn4 (11分02秒)
http://www.allmusic.com/album/baroque-violin-sonatas-mw0001404905 (試聴できます)
(注)上のYouTubeの音声は回転数が速く(?)、全体として演奏時間が1分以上短い。
 
「ヴィターリのシャコンヌ」には、これまで何度も書いてきたように、大別して3つのまったく異なる版があります。ヴィターリの自筆譜は現存せず、同時代(18世紀前半)の別人が書き留めた手稿譜が最も古い版。その手稿譜をもとに、19世紀の名ヴァイオリニストでメンコンの初演者としても歴史に名を残すダーヴィトが編曲したのが第2の版(ダーヴィト版)。それをシャルリエがさらに大胆華麗に編曲したのが第3の版(シャルリエ版)。この3つ以外にも様々な版がありますが、3つのうちいずれかをもとに編曲した、言わば「派生版」がほとんどです。現在、世界中のヴァイオリニストによって広く演奏されているのはシャルリエ版です。
 
3つの版はIMSLP(International Music Score Library Project)のサイトで参照できます。(ダーヴィト版とシャルリエ版はリンク先のページの“Arrangements and Transcriptions”のタブにあります)
http://imslp.org/wiki/Chaconne_(Vitali,_Tomaso_Antonio)
 
さて、アルトゥール・グリュミオー(1921~1986)。彼が若かりし頃(もちろん、当盤のジャケット写真ほど若くはない、30代半ば)に録音したヴィターリは、彼と並んでレコード時代のPHILIPSの看板ヴァイオリニストだったヘンリク・シェリングのヴィターリ(前回紹介)とは対照的に、これまで何度も繰り返し発売されています。レッスンでこの曲を弾くことになって、お手本にするつもりでグリュミオー盤を買った子もいるかもしれない。
 
しかし、グリュミオーの使用譜は非常に特殊なのです。「グリュミオー版」は、18世紀の手稿譜またはダーヴィト版(おそらく後者)のヴァイオリンパートをベースにグリュミオーの解釈を加え、ピアノパートを新たに書き下ろしたものと思われます。版問題なんて、瑣末なことのように思われるかもしれませんが、今日一般的なシャルリエ版との隔たりは大きく、シャルリエ版をデコレーションケーキに喩えるなら、ダーヴィト版やグリュミオー版はプレーンのパンケーキです。
 
(特徴的な箇所)
49小節~68小節 シンプルな音符たち(上のYouTubeでは2分13秒~3分07秒)
119小節~137小節 シャルリエ版ではカットされた幻の変奏(5分08秒~5分54秒)
222小節~238小節 主題回帰のないエンディング(9分52秒~最後まで)
 
グリュミオーの録音当時(1956年)、ヴィターリは今日ほど多くのレコードがあったわけではなく、シャルリエ版も世界制覇には至っていなかったと思いますが、グリュミオーはたぶん、ド派手なシャルリエ版を知っていたけど使わなかった。彼はダーヴィトが提案している装飾さえほとんど採用せず、よりシンプルな原曲への接近を志向しているとぼくは信じて疑わない。
 
独自に作られたピアノパートはダーヴィト版よりもはるかに音楽的。メロディアスな右手はしばしばヴァイオリンに呼応しますが、シャルリエ版のようにヴァイオリンと対決するところはなく、楚々として美しい。
 
グリュミオーは、率直に言うとぼくの好きなタイプではなく、このパンケーキに隅から隅までムラなくバターを塗ったような音。いかにバターが極上であろうと、ちょっと胃がもたれる。でも、昨日から飽きずに何度も聴いてしまったのだから、好みを超えた魅力がこの演奏にあると認めることは吝かでない。

シャコンヌ(ヴィターリ)/ヘンリク・シェリング

<曲名>
シャコンヌ(ヴィターリ)
 
<演奏>
(1)ヘンリク・シェリング(Vn)、タッソ・ヤノポーロ(Pf)【1950年代初頭録音、ODEON】
https://www.youtube.com/watch?v=SlNlQzzYhfI (最初の3分間のみ試聴できます)
http://www.einsatz.jp/lineup/line_up01.html
 
(2)ヘンリク・シェリング(Vn)、チャールズ・ライナー(Pf)【1959年1月16日録音、RCA】
https://www.youtube.com/watch?v=0w3lkXanpOg (10分02秒)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000V2RWMQ
 
(3)ヘンリク・シェリング(Vn)、チャールズ・ライナー(Pf)【1963年2月録音、MERCURY】
https://www.youtube.com/watch?v=WktFjYa81aw (9分45秒) 世界初復刻(たぶん)
 
ヘンリク・シェリング(1918~1988)はポーランドに生まれ、ベルリンとパリで学んでメキシコに帰化したヴァイオリニスト。彼は「ヴィターリのシャコンヌ」をわずか10数年の間に3回も録音しています。
 
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(1)は「1950年代初頭」の録音(詳細な時期は不明)。共演者タッソ・ヤノポーロ(Tasso Janopoulo)はシェリングの師匠の一人、ジャック・ティボーの伴奏者だった人で、このピアニストがティボーの紹介だったであろうことは想像に難くない。
 
世界的な名声を得るようになる前の若き(30歳代前半の)シェリングがフランスのローカルレーベルに吹き込んだ当盤のオリジナルLPは現在の中古レコード市場でサラリーマンのランチ1年分くらいの高値が付いています。わが家にあるのがオリジナルLPではなく、復刻CDであることは言うまでもない。版権を継承したと思われる東芝EMIがかつて10枚組(!)のオムニバス企画でCD化したことがありますが、今となっては幻。EINSATZなど日本のインディーズレーベルが制作している板オコシ盤がサラリーマンの現実的な選択肢です。
 
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(2)はステレオ初期の録音。現在、CD市場で「シェリングのヴィターリ」と言えばこの録音です。日本のRCAによる世界初復刻は2002年。どうもこの名ヴァイオリニストはCD業界で冷遇されていると感じる。
 
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(3)は(2)からわずか4年後の録音で、ピアニストも同じ。何を隠そう、ぼくが初めて聴いた「ヴィターリのシャコンヌ」はこの演奏でした。中学生のときにエアチェックしたカセットテープは今も手元にあります。
 
(3)を含むアルバムの収録曲、小品10曲のうち9曲は2枚のアルバムの余白に分割されてCD化されましたが(※)、残るヴィターリは未だにCDでは発売されたことがないはずです。なお、当盤の録音時期は「1964年」という情報もありますが、10曲のうち9曲についてMERCURYの復刻CDは「1963年2月」と記載しており、ぼくはこれを信用します。
 
ヴィターリを除く9曲の復刻CD
http://store.universal-music.co.jp/fs/artist/uccd4751 シューマン&メンデルスゾーン
http://store.universal-music.co.jp/fs/artist/uccd4752 クライスラー小品集
 
シェリングのヴィターリは(1)(2)(3)を通じて技術的にも解釈においても非常に安定しています。使用譜はいずれもシャルリエ版。冒頭8小節のピアノ前奏(シャコンヌの低音主題提示)をカットしているのは師匠ティボーの流儀ですが、前奏以外にもあちこちカットしている師匠に対し、シェリングは前奏以外はすべてきっちり弾いています。
 
使用譜が一貫しているだけでなく、速くなったり遅くなったりするところや異例のスフォルツァンド無視((3)の演奏では7分56秒~)、エンディングの主題回帰(同・8分59秒~)で泣きが入るところまで、10数年にわたって刻印が一定しているのは感心すべきことなのかどうか。
 
しかし、表面的な特徴が一致しているからと言って、3つの演奏から同じ感銘を受けるわけではない。シェリングの芸術は(3)において真髄を究めている。ギュッと濃縮されて芯に熱を帯びた音、凄まじい気迫、周囲の景色が消えるほどの集中力。音楽と対峙と言うより、ほとんど同化しているんじゃないかとさえ思う。猛獣のような熱演とは対極にある、静かに燃えるスーパーサイヤ人のようなヴィターリ。世界初復刻(たぶん)。

シャコンヌ(ヴィターリ)/オイストラフ親子3代

<曲名>
シャコンヌ(ヴィターリ)
 
<演奏>
(1)ダヴィッド・オイストラフ(Vn)、ウラディミール・ヤンポルスキー(Pf)【1950年録音、MELODIYA】
(2)ダヴィッド・オイストラフ(Vn)、ウラディミール・ヤンポルスキー(Pf)【1952年録音、MELODIYA】
(3)イーゴリ・オイストラフ(Vn)、Abram Makarov(Pf)【1954年録音、Le Chant du Monde】
(4)ヴァレリー・オイストラフ(Vn)、ウルリヒ・グロッサー(Org)【2005年録音、MUSICOM】
 
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(1)ダヴィッド・オイストラフ&ウラディミール・ヤンポルスキー
http://www.amazon.co.jp/dp/B0001LGF02
http://www.youtube.com/watch?v=i4B1ifcWa9o (10分14秒)
 
ダヴィッドのヴァイオリンはズッシリとした手応えのある音で、まるで仁王立ちの弁慶のごとく圧倒的な存在感。しかし、動かざること山の如しではなく、熱い血が通い、テンポも表情もこまやかに変化し、ときには涙も流す。ゆうちゃんが幾つか聴いた演奏のうち「これが一番、私に近い!」と反応したことにぼくが絶句したのは言うまでもない。
 
上の画像と演奏は(1)です。(2)のライヴ録音は、以前に乙貝さんから教えていただき初めて存在を知りました。使用譜は(1)と同じくシャルリエ版。解釈の違いよりもテンションの違いが印象的で、テンポを煽りさえする。貴重な録音を提供してくださった乙貝さんに、あらためて御礼申し上げます。
 
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(3)イーゴリ・オイストラフ&Abram Makarov
 
ダヴィッドの息子イーゴリは父子共演のバッハのドッペルなどで「親の七光り」のように知られますが、彼自身がヴィエニャフスキ国際コンクールで優勝した実力のあるヴァイオリニスト。しかしぼくは、以前たまたま聴いたイーゴリのある録音に惹かれず、彼に対する関心を失いました。
 
このヴィターリもしばらく聴かずに放ったらかしにしていたのですが、先日仕方なく(?)聴いてみたら、なんと凄いヴァイオリン!頼りなさそうな外見に騙されてはいけない。父ダヴィッドの録音(1)からわずか4年後。使用譜(シャルリエ版)も密度が濃いダークな音も父譲りですが、父が熱いハートを内に秘めつつも悠然たる構えを崩さないのに対し、イーゴリは激情を隠そうともしない。シャルリエ版にはもともとそういう要素があると思いますが、これほどまでに高い技術と集中力と燃焼度をもってその本質に迫る演奏をぼくはほかに知らない。
 
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(4)ヴァレリー・オイストラフ&ウルリヒ・グロッサー
 
ダヴィッドの息子イーゴリの息子(つまり、孫)。ヴァレリーはザハール・ブロンに師事し、日本の某コンサート・マネジメント会社のサイトでは「ヴィエニャフスキ国際コンクール優勝」と紹介されていますが、かつて祖父ダヴィッドが第2位入賞し、父イーゴリが優勝した同コンクールの歴代入賞者にヴァレリーの名前を見つけることはできないのは…なんでだろう~♪ヴァレリーの公式サイトでは“winner at the All-Russian Competition of the former Soviet Union and the Tibor Varga International Competition in Switzerland, among others”と記載されています。
 
ヴァレリーのヴァイオリンには「オイストラフ」の名前から連想する重量感も押しの強さも感じないけど、これがヴァレリー本来の芸風かどうかは分かりません。このアルバムは、バッハのコラールとか「G線上のアリア」とか、シューベルトのアヴェ・マリアとか、要するに「祈り」「安らぎ」といったテーマで貫かれているので、最後のトラックに置かれたヴィターリもその延長線上で弾いているのは当然のことです。(同じアルバムの「G線上のアリア」→ http://www.youtube.com/watch?v=3TbMeEgCds4
 
また、使用譜は親子3代ともシャルリエ版ですが、ヴァレリーの共演オルガニストは同版を使用せず、まったく独自のバロックの通奏低音風の控えめな和声付けに留めているので、シャルリエ版の劇的要素は薄まり、すでに心地よい眠りについた聴き手を起こさないように配慮が行き届いています(?)。テンポもゆったりしていて、なんと12分半。これほどまでに穏やかなヴィターリをぼくはほかに知らない

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