2013/04/30
「ゴールドベルク変奏曲」への道
<曲名>
「ラ・カプリツィオーザ」-創作アリアに基づく変奏曲BuxWV250(ブクステフーデ)
若い頃から勤勉だったバッハは直接または間接(楽譜)に先人から多くを学び、その中でもブクステフーデ(1637~1707)は当時20歳のバッハが約400kmも離れた地まで徒歩で訪ねたほどの存在でした。
そんなブクステフーデが書いた約25分に及ぶ長大なチェンバロ曲「ラ・カプリツィオーザ」が「ト長調のアリアと32の変奏」という構成で書かれていることに、注目しないわけにはいかない。
バッハが(ブクステフーデの)「ラ・カプリツィオーザ変奏曲」をよく知っていただろうことは間違いないと思われる。何故なら、それよりはるかにしっかり構成され綿密な「ゴルトベルク変奏曲」には、調性的にも全体的にも、主題の和声的な構成でも、また鍵盤技法や音型でも共通した点があるからである。そして「カプリツィオーザ」の主題が「ゴルトベルク変奏曲」最後の「クォドリベット」に引用されていることも、それがブクステフーデの作品に負っているという率直な感謝だと確かに解釈できるのである。(サラ・カニンガム)
<演奏>
フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)【2012年録音、DG】
http://www.universal-music.co.jp/francesco-tristano/products/uccg-1600このアルバムに銘打たれた「Long Walk」というタイトルは、たぶん、若きバッハが歩いた約400kmの行程だけではなく、ブクステフーデからバッハに至る時間の流れも指すのでしょう。聴き始めの印象は、ちょっと地味。この長い曲を聴き通せるだろうかと不安も感じますが、途中から加速度的におもしろくなって、アルバム・コンセプトだけがこの新譜の魅力ではないと認めます。
それ以上に興味深いのが、トリスターノがピアノを弾きながら解説した動画。
http://www.youtube.com/watch?v=DinyBfY2QVI(5分56秒)
(上の動画の2分31秒~の日本語訳)
https://www.dirigent.jp/fun/menu/fan/Francesco-Tristano-2.htmlこのアルバムの主要曲であるアリア「ラ・カプリツィオーザ」はブクステフーデの作品の中でも最も優れた曲です。この曲はバッハの「ゴールドベルク変奏曲」として知られる32の変奏曲のアリアのモデルとなった曲と言えるでしょう。ブクステフーデの曲は当時の流行曲である「Kraut und Rüben haben mich vertrieben」に基づいています。■流行曲のフレーズの演奏これはブクステフーデのバージョンではこうなります。■「ラ・カプリツィオーザ」の演奏そして、バッハのバージョンではこうなります。■「ゴールドベルク変奏曲」の演奏全体的に見ると、「ラ・カプリツィオーザ」と「ゴールドベルク変奏曲」の間には多くの類似性があります。例えば、ブクステフーデの曲はこうです。■「ラ・カプリツィオーザ」の演奏バッハではこうなります。■「ゴールドベルク変奏曲」の演奏バッハの「ゴールドベルク変奏曲」のどの曲も、ブクステフーデの「ラ・カプリツィオーザ」のもう一つの「バージョン」と言えるでしょう。
バッハの「ゴールドベルク変奏曲」の最終変奏「クォドリベット」には、2つの俗謡のメロディーが同時に登場します(n先生のトラックバック記事参照)。このうちの1つは「別れ」にちなんだ歌だそうで、「バッハはこの魅力的な変奏曲の宴に別れを告げている」(n先生)。
もう1つのメロディーは「キャベツとカブが俺を追い出した」という歌だそうで、意味不明のタイトルですが、これこそ「ラ・カプリツィオーザ」の主題です。最終変奏に引用することで「ゴールドベルク変奏曲」の調性(ト長調)と曲数(32)の鍵を暗示し、先人へのリスペクトを刻印したバッハのなんと粋であることよ。
ちなみに、「キャベツとカブが俺を追い出した」のメロディー(上の動画でトリスターノが弾いている)は、初期バロックに関心ある方はこれが「ベルガマスカ」の主題だということに気づくでしょう。「ベルガマスカ」はブクステフーデよりも古い時代(1600年前後)に流行したイタリア起源の舞曲で、多くの音楽家がこの主題をもとに変奏曲などを作曲しています(例→ http://www.youtube.com/watch?v=EYZ79HjPh2M )。その主題が北ヨーロッパに伝わって可笑しな歌詞が付けられ、ブクステフーデを通じてバッハが自作に取り入れたのは、これも「Long Walk」と言えるでしょう。
ぼくはチェンバロの演奏が好きです(→ http://www.youtube.com/watch?v=eDF5ptGSbsU )。「ゴールドベルク変奏曲」に匹敵する名曲だと主張するつもりはありませんが、もし、不眠症の伯爵に会う機会があれば、この愛おしい変奏曲「ラ・カプリツィオーザ」を薦めたい。