日本人有名歌手によるクラシックのカバー曲

<主な歌手>
井上晴美
イルカ
岩崎宏美
大貫妙子
荻野目洋子
尾崎紀世彦
華原朋美
桑田佳祐
ゴダイゴ
小柳ゆき
さだまさし
ザ・ピーナッツ
椎名林檎
高岡早紀
竹内まりや
中島みゆき
浜田省吾
尾藤イサオ
平山あや
深田恭子
本田美奈子
松崎しげる
松山千春
美空ひばり
森進一
薬師丸ひろ子
矢野顕子
由紀さおり
(以上、ぼくがもともと名前を知っている人で、かつ、カバー度★★以上の人。あいうえお順)
 
「日本人有名歌手によるクラシックのカバー曲」
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ドナウ河のさざなみ(イヴァノヴィッチ/ワルトトイフェル編曲)

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<曲名>
ドナウ河のさざなみ(イヴァノヴィッチ/ワルトトイフェル編曲)
 
<演奏>
アーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップス【1960年1月11日録音、VICTOR(EP盤)】
イヴァノヴィッチ(1845?~1902)はルーマニアの首都ブカレストで軍楽隊長も務めた作曲家で、ワルツ、行進曲や150曲以上のピアノ曲を残していて、1889年のパリ万国博覧会では作曲賞を受賞している。ワルツ「ドナウ河のさざなみ」はイヴァノヴィッチが結成した自分の吹奏楽団のために、1880年に作曲したが、後にピアノ用の編曲版により世界中で知られるようになった。日本では明治時代から「月はかすむ春の夜に」の歌詞で歌われ親しまれて来た。(無記名、アーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップスの新星堂復刻CDの解説より)
この曲は日本でも戦前から知られ、「ダニューブ河の漣」とも表記されていた。作曲者イヴァノヴィッチの生年情報は錯綜しており、1848年と記載している資料も散見される。
 
同じドナウでも、ワルツ王の「美しく青きドナウ」が冒頭のトレモロから柔らかい太陽の光がキラキラと水面に反射するさまを描くのに対し、「ドナウ河のさざなみ」は曇り空に覆われ、胸を締めつけられるようにセンチメンタルでメランコリック。短調あり、長調あり(どこかで聞いた言葉)、幾つもの主題が次々と現れては消えていく。まるで「世界の車窓から」(ドナウ河だから船窓か)のように、窓の外に見える風景が刻々と移り変わっていく旅行記のような音楽。近鉄名古屋駅の特急の発車メロディー(※1)の選曲担当者も、この曲に旅愁を感じ取ったであろうことをぼくは信じて疑わない。
 
いろんな演奏を聴いてみると、どれもオーケストレーションが異なることに気づくが、原曲が吹奏楽ならば納得。実家に眠っていた当盤の盤面にはなんと“Orchestrated by Waldteufel”と明記されている。その名はイヴァノヴィッチとほぼ同年代の作曲家で「スケーターズ・ワルツ」(※2)で有名なワルトトイフェル(1837~1915)であるとぼくは信じて疑わない。
 
(参考)
※1 近鉄名古屋駅 http://www.youtube.com/watch?v=iOZzJ4QMpco
※2 スケーターズ・ワルツ http://www.youtube.com/watch?v=2Uo8d3aEkWs
 
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<演奏>
アーサー・フィードラー指揮東京交響楽団【1961年11月13日録音(Live)、TBS Vintage Classics】
http://www.amazon.co.jp/dp/B00GNJA6EC (試聴できます)
 
フィードラー来日時のライヴ。冒頭のみ試聴する限り、前年にボストン・ポップスを指揮した録音よりもやや遅いテンポながら、同じ編曲と思われる。それはさておき、半世紀以上もTBSの倉庫に眠っていたという貴重なライヴを多数復刻するこの名企画がSACDハイブリッド盤とやらで1枚3300円という法外な価格となったことは誠に遺憾である。意地でも買わない。

金婚式(マリー)

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<曲名>
金婚式(マリー)
 
<演奏>
ヤン・ブルーメルス(ヴァイオリン)、ピエール・パラ(ピアノ)【1960年代前半録音、PHILIPS】
https://www.youtube.com/watch?v=K7iC8QpXnU8 (3分06秒)
パリで生まれ、スペインでなくなった作曲家ガブリエル・マリー(1852~1928)は、パリ音楽院出身の指揮者でたいへん活躍した人ですが、作品としては、サロン風の小管弦楽曲「金婚式」が僅かにマリーの名を後世に伝えるにすぎません。けれども、親しい人の結婚50周年の記念日のために作曲したと言うだけに、きわめてアンティームな明るさにあふれた曲で、いまでは小学生にまでも知られています。こうしてヴァイオリンで聴いても、そのほほえましい曲の味わいが判ると思います。(小林利之、国内盤LP解説より)
ヤン・ブルーメルスはコンセルトヘボウの第1ヴァイオリン奏者ということ以外、経歴不明。ジャック・ゲステムの数年後にPHILIPSに小品集を録音したものの、現在のレコード市場におけるこの2人の扱いは天と地の差。ゲステムのオリジナル盤は万単位の値で取引されるが、ブルーメルスはそれ以前に話題にもならない。これは180円で買った国内盤LP。ブルーメルスの「金婚式」は心地よいリズムに乗りつつ、他の奏者では印象に残らない箇所にアクセントを付けたりして、弓に曲がよくなじんでいる感じがする。世界初復刻(たぶん)。
 
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<演奏>
イヴリー・ギトリス(ヴァイオリン)、練木繁夫(ピアノ)【1985年録音、EMI】
https://www.youtube.com/watch?v=lhLItmOs2Ig (4分15秒)
指揮者あるいは作曲家として活躍したガブリエル・マリー(1852~1928)の名は、今日、この<金婚式>と題された作品1曲だけによってのこされているといっても過言ではない。結婚50年を祝うこの行事の名が与えられていることは、なんらかの動機があったものと思われるが、明らかではない。中間部に対して、主部にある種の哀愁が感じられることは興味深い。(藤田由之、国内盤CD解説より)
今年92歳(1922年8月生まれ)にして5月にも来日していた現役最高齢ヴァイオリニスト。高校時代になけなしの小遣いをはたいて2200円で買った当盤を初めて聴いたときの失望感は忘れがたい。独特すぎる節まわしが煩わしくて、「なんで素直に弾かないんだ!」と(心の中で)叫ばずにはいられなかったが、それから10年も経たないうちにTV放送された別府アルゲリッチ音楽祭でパガニーニの協奏曲を弾く彼の姿に「これぞヴィルトゥオーゾ!」と(これも心の中で)叫ばずにはいられなかったのだから、人の感性とか価値観というものは時間とともに変化するということ。
 
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<演奏>
佐藤久成(ヴァイオリン)、鳥羽泰子(ピアノ)【2012年録音、SAKURA】
http://www.amazon.co.jp/dp/B00BHC692S (試聴できません)
https://itunes.apple.com/jp/album/violin-of-the-magical-sphere/id628305677 (試聴できます)
この広く親しまれている作品は、だれもが小学生の頃に音楽鑑賞で聴いたことがあろう。ガブリエル・マリー(1852~1928)はフランスの作曲家で、指揮者、批評家としても活躍した。「金婚式」と題され、長い年月を静かに回想するかのような音楽だが、作曲の動機や理由は明らかではない。曲は三部形式で書かれ、長調の中間部に対して、哀愁ただよう短調の主題は印象的である。(佐藤久成自身の解説より)
U野K芳先生が最近熱心にプロデュースしている佐藤久成(さとうひさや)さんは1972年生まれ。ぼくは日本経済新聞に掲載された「よみがえれ埋もれた名曲」という彼の寄稿記事(2010年11月22日付朝刊)で名前を知ったのですが、演奏は昨年、当盤発売時にゆうちゃんを連れて行ったタワレコのミニライヴで初めて聴きました。それがま~なんとも個性的な芸風で、ギトリスを連想したけど、それを上回る艶かしさと濃厚さ。もしゆうちゃんがこんなヴァイオリンを弾くようになったらぼくは動揺を抑えられない。それにしても、彼のヴァイオリンにかける情熱は凄まじく、並のマニアでは追随できないほど深い。公式サイト参照。
 
佐藤久成 公式サイトより「お勧め文献・音楽書の紹介」

愛の喜び(マルティーニ)

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<曲名>
愛の喜び(マルティーニ)
この非常に有名で、初歩の声楽学習者がかならずと言ってよいほど、レッスンで歌わされたりする歌曲は、古くから<イタリア歌曲集>に編入されているが、じつは、作曲家ジョヴァンニ・パオロ・マルティーニ(G. P. Martini、1741~1816)というのは、ドイツの教会オルガニストでフランスでオペラや宗教曲を作り、パリでなくなったヨハン・パウル・シュワルツェンドルフ(J.P.A.Schwartzendorf)のペン・ネームだった。しかし、名前がイタリア名であるため、18世紀イタリアの聖楽作曲家ジョヴァンニ・バッティスタ・マルティーニ(G. B. Martini、1706~1784)とまちがわれたのだった。(小林利之、ヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスの国内盤LP解説より)
これは歌う時にはぜひ気をつけていただきたい名曲というのをひとつご紹介しよう。(中略)気をつけていただきたいというのは、これがその標題とロマンティックなメロディのせいか、結婚式などでよく使われるからなのである。いわゆるBGMとして、メロディだけが流されている場合はまだよい。ところが、少しばかり喉に自信のある人が原歌詞で歌うような場合、その内容を尋ねられたりしたら大変なことになるのである。その歌詞は、なんと「愛の喜びは、ほんのひとときのこと。愛の苦しみは、一生続く。不誠実なシルヴィアなど忘れてしまおう。彼女はもう私を捨てて、他の男のところへ走ってしまった…」というのである。何のことはない。失恋した男の歌なのである。(宮本英世「名曲とっておきの話」音楽之友社、1987年)
今夜は同僚の披露宴。別に他意はないけど(間違いない)、この曲のことを思い出した。クライスラーの「愛の喜び」とはまったく無関係の古典歌曲。マルティーニという作曲家は2人いて、かつては作曲者が取り違えられていたらしく、今でも間違っているほうのマルティーニの名前で販売されている楽譜やCDが散見される。音楽史上でより大きな影響力を持っていたのは間違っているほうのマルティーニ(G. B. Martini)なのに、「愛の喜び」が彼の曲ではないゆえに偽者扱いされていることには同情を禁じ得ない。
 
<演奏>
ジャック・ゲステム(ヴァイオリン)、ラオール・ゴラ(ピアノ)【1950年代録音、仏PHILIPS】
www2.ttcn.ne.jp/eterna/CDR048-050.pdf
https://www.youtube.com/watch?v=PKktrpbGGXg (3分17秒)
 
なんて魅力的なジャケット!これはヴァイオリンの演奏で歌詞がないから今日聴いても問題ない(?)ジャック・ゲステムという人は1950年代にフランスのPHILIPSに10インチ(小さめのサイズ)のレコード3枚の小品集を録音し、のちにパレナン四重奏団の第2ヴァイオリン奏者を務めたということ以外、経歴不明らしい。てゆーか、ぼくはパレナン四重奏団も知らない。
 
しかし、彼のオリジナルLPは中古市場ではベラボーな高値で取引されていて、これを買うつもりならサラリーマンは当分の間、ランチ抜きを覚悟しなければならない。その演奏は、予備知識なく聴いたら何の邪心もない真摯で素直な音が右から左へ抜けていくが、市場価格を知ってから聴くと、神々しいまでの品格に打たれ、「芸術とは何か」を深く問わずにはいられなくなる。
 
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<演奏>
エルヴィス・プレスリー
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000844G3
https://www.youtube.com/watch?v=5V430M59Yn8 (3分02秒)
 
エルヴィス・プレスリーという人のことは名前くらいしか知らないけど、彼のバラード「好きにならずにいられない」(Can't Help Falling In Love)がマルティーニの「愛の喜び」のリメイクというのは有名な話。というわけで、初めて聴いてみました。
 
こっちのほうがいいな。

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番BWV1001(バッハ)の二重奏版

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<曲名>
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001~プレスト(バッハ/ブラームス編曲/リッチ再編曲)
 
バッハの「無伴奏ヴァイオリン」は4本の弦を駆使してシャコンヌやフーガのような多声音楽に果敢にチャレンジする一方、このト短調ソナタの終楽章はごく一部に重音がある以外はほとんど単旋律で、まるで孤独なサムライのような佇まい。このような単旋律の曲のトランスクリプションは「ハーモニー拡充型」か「対旋律創作型」に大別されます(Loree分類法)。
 
そこで、ブラームスのピアノ編曲版。ブラームスによるバッハ作品のピアノ編曲と言えば「左手のためのシャコンヌ」が有名です(原曲はのちにブゾーニが編曲したシャコンヌと同じ)。ブラームスは右手を故障したクララ・シューマンのためにこの編曲をしたとか。余談ですが、ゆうちゃんが2歳のときに妻が包丁でどっちかの手を怪我して、ぼくが代わりに食事をつくったのですが(インスタントの袋入りラーメン)、そのとき台所に立つぼくの姿がゆうちゃんの最も古い記憶です。よほど珍しい光景だったと思われる。
 
そのブラームス編曲の「左手のためのシャコンヌ」は「ピアノのための5つの練習曲」の中の1曲です。この練習曲集に含まれる5曲の構成は次の通り。
 
「ピアノのための5つの練習曲」(ブラームス)
1)ショパンの練習曲ヘ短調作品25-2
2)ウェーバーのピアノ・ソナタ第1番ハ長調作品24~ロンド
3)バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001~プレスト(バージョン1)
4)バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001~プレスト(バージョン2)
5)バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV1004~シャコンヌ
https://www.youtube.com/watch?v=6bDuKiSfbPE (30分01秒)
楽譜はこちら http://imslp.org/wiki/5_Studies,_Anh.1a/1_(Brahms,_Johannes)
 
というわけで、「左手のためのシャコンヌ」のほかにもバッハの無伴奏が含まれている!このプレストがまさに「対旋律創作型」で、このようなアイディアはのちにゴドフスキのバッハ編曲にも使われているけど、まさか先例があったとは知らなかった。しかもブラームス!さらに、バージョン1は右手でバッハの原曲、左手でブラームスの対旋律。バージョン2は左手でバッハの原曲、右手でブラームスの対旋律という逆パターンまで書いているという、執念とも言うべき凝り様。クララと肩を寄せ合って片手同士で連弾したのかどうか、ぼくは知らない。
 
<演奏>
ルッジェーロ・リッチ(ヴァイオリン)【1979年録音?香港111(One-Eleven)】
http://ml.naxos.jp/album/RR005
https://www.youtube.com/watch?v=RIpEUwEOwJ8 (7分20秒)
バージョン1 無伴奏
バージョン1 二重奏(3分43秒~)
 
今回の本題。なんと、ブラームスのピアノ編曲版のト短調プレストをルッジェーロ・リッチがヴァイオリン用に再編曲している!はじめにバージョン1のブラームスが創作した対旋律のみ無伴奏で弾いていて、バッハの原曲とは似て非なるメロディーなのに根底ではつながっていることを確信させる、まるでパラレルワールドに迷い込んだかのような不安感に戦慄を覚えずにはいられない。もしあなたがヴァイオリンを弾けるなら、この録音に合わせてバッハの原曲を弾くとデュエットになるという、実用的な使い方も一興。
 
次に、同じくバージョン1の二重奏。相方のヴァイオリニストの名前が記載されていないけど、まさか、一人で弾いているわけがない。バッハの原曲とブラームスの対旋律が溶け合うなんてもんじゃない、激しくぶつかり合うさまが凄まじく、まるで分身の術で敵を惑わす忍者のようで、聴いているうちに頭がクラクラして、楽譜を見ながら聴いてもどっちが正体なのか分からなくなってくる。
 
未知なる「バージョン3」として、バッハの原曲にブラームスの両バージョンの対旋律を重ね合わせた三重奏に期待。

無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番BWV1006(バッハ)の管弦楽版

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<曲名>
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006~前奏曲(バッハ)
 
前回につづいてバッハ・トランスクリプション。これは有名な曲なので、いろんな編曲があります。せっかくバッハがヴァイオリンという楽器の可能性を最大限に追及するためにあえて無伴奏で書いた曲にわざわざピアノ伴奏を追加したシューマンやメンデルスゾーン、ピアノ独奏に編曲したサン=サーンスやラフマニノフなど。
 
そして管弦楽版。バッハの「無伴奏ヴァイオリン」原曲は4本の弦を駆使してシャコンヌやフーガのような多声音楽に果敢にチャレンジする一方、このホ長調の前奏曲は最後のほうのごく一部に重音がある以外はほとんど単旋律で、でも背後には確かにハーモニーを感じさせるという神業的な作曲技術。その隠れたハーモニーを顕在化させ、しかも大管弦楽で強調するという暴挙!これを余計なお世話と言わずして何と言おうか。
 
<演奏>
(1)レオポルド・ストコフスキー指揮彼の交響楽団【1958~59年録音、EMI】
 
シンフォニック・バッハの代名詞、ストコフスキー(1882~1977)の編曲による弦楽合奏版。原曲の冒頭は短い休符ですが、ストコフスキーは強烈な押し出しでいきなり聴き手をのけぞらせる。その後もヴァイオリンの無伴奏と弦楽合奏を対比させたり、単旋律を複数パートで分け合ったりして工夫を凝らしているが、ハーモニーの補強はわりとシンプルで、輪郭を強調する程度。意外性はあまりない。
 
(2)アンドリュー・リットン指揮ロイヤル・フィル【2010年8月14日収録(Live)】
https://www.youtube.com/watch?v=zUCsmhQk4L0 (6分03秒のうち1分47秒から)
 
プロムスの創始者ヘンリー・ウッド(1869~1944)の編曲による管弦楽版のプロムスにおけるライヴ。この動画の前半は「平均律クラヴィア曲集第1巻第3番」で、それにつづくのが無伴奏の管弦楽版です。ヴァイオリンはほぼ原曲通りに弾き通し、そこに木管が絡んできたり、金管がオルガンのように肉厚のハーモニーを付けたりして、アイディアの豊かさと音響的な美しさを両立させた見事なオーケストレーション!冒頭の一撃のほか、原曲には存在しない音をたくさん加えているのに、わざとらしくない。エンディングはまるでオリンピックかW杯の開会式かと錯覚するほど豪華絢爛な壮麗さで、非常に感動的。間違いない!
 
(3)セルゲイ・クーセヴィッキー指揮ボストン交響楽団【1945年録音、VICTOR原盤/Biddulph復刻】
 
リッカルド・ピック=マンジャガッリ(1882~1949)の編曲による弦楽合奏版。このストコフスキーと同年生まれの長い名前の人は「オラフの踊り」というバックハウスやチッコリーニも弾いたピアノ曲で知られる作曲家(←今、調べた)。この編曲でもヴァイオリンが主導しますが、他のパートの絡み方はヘンリー・ウッドの編曲よりもはるかに複雑で、ほとんど対旋律を形成しているほど。せっかく知的なアプローチでバッハ好きを唸らせるのにエンディングはストコフスキーのような仰々しさ。これは指揮者の責任か。
 
(4)鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン【2011年放送(Live)】
譜例の前奏曲(Loree註:BWV1006の自筆譜、1720年)は1729年のカンタータBWV120aの第二部を開始するためのシンフォニアとして一種のオルガン協奏曲に編曲された。このオルガン協奏曲はその2年後の1731年には伴奏部を拡大した形でカンタータBWV29の冒頭楽章としても使われている。さらに1736、37年頃には当該のパルティータ全体がリュート(?)用に編曲された(自筆譜は武蔵野音楽大学所蔵)。以上のような度重なる編曲からバッハがこの曲をいかに好んでいたかが窺われる。(小林義武「バッハとの対話-バッハ研究の最前線」小学館、2002年)
原曲の単旋律をオルガンが嬉々として弾き通し、それを弦楽合奏と2本のオーボエ、3本のトランペット、ティンパニで彩る祝祭的な気分に満ちた管弦楽版。ちなみに、この編曲でも冒頭の一撃を加えている。トランペットは現代と異なるナチュラル・トランペットで、駅のキオスクか銭湯の脱衣場で腰に手を当ててもう片方の手に牛乳ビンを持ってイッキ飲みするおじさんのような姿勢で吹いている。なんか凄い。エンディングで豪快に連打するティンパニも、もはや無伴奏の世界とはかけ離れているけど気分爽快!これはカンタータ第29番のシンフォニアに転用された、バッハ自身の編曲です。もしかしてだけど~、バッハは自作の管弦楽化をメチャ楽しんでるんじゃないの~♪

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Author:violin20090809
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