2014/09/28
ベーレンライター原典版編集者による特別講座<楽譜の発掘 大作曲家たちの直筆譜と闘う>
【講座名】楽譜の発掘 大作曲家たちの直筆譜と闘う ~ベーレンライター原典版編集者による特別講座~
【日時】9月22日(月)19時30分~
【場所】文京シビックホール26階 スカイホール
【講師】ダグラス・ウッドフル=ハリス、コリーン・フォテラー(日本語通訳付き)
楽譜は、作曲家が私たちに遺した音楽の偉大な遺産です。直筆譜を分析、再現し、その作曲家の周辺研究も交え、学術的に作られた楽譜を「原典版」と呼びます。直筆譜にみる作曲家のクセの強さは時に古文書のよう。その再現は“楽譜の発掘”と呼ぶにふさわしい地道な作業です。作曲家全集や、直筆譜ファクシミリを多く手掛けるドイツの楽譜出版社・ベーレンライター社で、原典版制作に関わる編集者たちは毎日が直筆譜やその周辺研究との闘いです。なぜか入国審査で一週間監禁されたり、ただ一枚の直筆譜を見る為に大富豪の自宅に突撃したりと様々な弊害や苦労のすえ出版に至ります。今回、「原典版」の編集現場に長年携わる編集者が“楽譜発掘の醍醐味”-「原典版」編集の世界へご案内します。(文京シビックホール公演・イベント情報より)
【講義メモ】
(1)ブラームス/ホルン三重奏曲
・この作品はブラームスのお母さんが亡くなった直後に書かれたことから、これまで、追悼の気持ちが込められていると解釈され、そのように演奏されてきた。
・ブラームスは自作の作曲過程を一切残さず処分する人だったので、彼の作品は作曲経緯の研究が困難だが、この曲が作曲される数年前のあるときに泊めてもらった人の家で御礼代わりに書き残した紙が近年発見され、その紙には後年のホルン三重奏曲とほぼ同じ楽譜が書かれていた。
・つまり、ホルン三重奏曲は母への追悼の気持ちから作曲されたわけではなかった。これは事実の究明が演奏家の解釈に影響を与える一例である。
(2)シューベルト/交響曲第4番「悲劇的」
・この作品はシューベルトの存命中には出版されず、旧シューベルト全集によって初めて世に出た。
・旧全集の刊行に携わったブラームスは自分こそシューベルトの真意を最も理解しているという強い自負のもと、「本当はこうしたかったに違いない」と数々の大胆な変更を加えた。それはシューベルトの自筆譜に直接書き込まれているので、自筆譜を見れば変更の跡が判る。新全集が刊行されるまでの約100年間、この曲はブラームスが改変した形で演奏され、録音されつづけてきたのである。これは初版が必ずしも原典に近いとは限らないことを示す一例である。
・しかしブラームスを批判するつもりでこのように話しているわけではない。ベーレンライター原典版では、このような経緯に関する情報を演奏家に提供することが大切だと考えている。
(3)モーツァルト/クラリネット五重奏曲K581、クラリネット協奏曲K622
・この作品は自筆譜や、それに近い信頼できる楽譜も現存せず、1800年代初頭の出版譜によって現在に伝わっている。
・しかし当時、この作品を論評したある人物はモーツァルトの自筆譜を見たことがあるとしか考えられないほど、そうでなければ判らないことを指摘している。その論評によると、この作品はもともとクラリネットではなく、バセットクラリネットという別の楽器のために作曲されたものである。
・K581については、何者かによるB管クラとピアノの二重奏への編曲が1809年に出版されているが、その出版譜における拍子記号やアーティキュレーションはこれまで知られてきた同曲のものとは異なる。おそらく、自筆譜から写譜が繰り返しおこなわれていくうちに変わっていったと考えられる(が、どちらが自筆譜に近い形なのか、今となっては判らない)。
・ベーレンライター原典版では必ずどれか一つの形を選ぶのではなく、様々な情報を提供することが大切だと考えている。原典版とは、様々な資料を比較検討した結果を記した「校訂報告書」が付いているものを指す。
(4)ドビュッシー/海
・この作品は初版と再版でファンファーレの有無に差異がある。指揮者は演奏する前にどちらの版を選択するのかを考えなければならない。
・ファンファーレがある版と無い版が両方共存しているという事実が重要である。
(他にもいろんな話があったのですが、付いていけず…)
(まとめ)
・ベーレンライター原典版の使命は“作曲者の意図”を反映した“正解”を提示することではない。現存する様々な資料を比較検討し、様々な版があるならばその事実と経緯に関する情報を客観的に演奏家に提供することを心掛けている。