2014/10/26 シャコンヌ(ヴィターリ)/アルトゥール・グリュミオー <曲名>シャコンヌ(ヴィターリ) <演奏>アルトゥール・グリュミオー(Vn)、リッカルド・カスタニョーネ(Pf)【1956年7月録音、PHILIPS】https://www.youtube.com/watch?v=oXWSlv1Gzn4 (11分02秒)http://www.allmusic.com/album/baroque-violin-sonatas-mw0001404905 (試聴できます)(注)上のYouTubeの音声は回転数が速く(?)、全体として演奏時間が1分以上短い。 「ヴィターリのシャコンヌ」には、これまで何度も書いてきたように、大別して3つのまったく異なる版があります。ヴィターリの自筆譜は現存せず、同時代(18世紀前半)の別人が書き留めた手稿譜が最も古い版。その手稿譜をもとに、19世紀の名ヴァイオリニストでメンコンの初演者としても歴史に名を残すダーヴィトが編曲したのが第2の版(ダーヴィト版)。それをシャルリエがさらに大胆華麗に編曲したのが第3の版(シャルリエ版)。この3つ以外にも様々な版がありますが、3つのうちいずれかをもとに編曲した、言わば「派生版」がほとんどです。現在、世界中のヴァイオリニストによって広く演奏されているのはシャルリエ版です。 3つの版はIMSLP(International Music Score Library Project)のサイトで参照できます。(ダーヴィト版とシャルリエ版はリンク先のページの“Arrangements and Transcriptions”のタブにあります)http://imslp.org/wiki/Chaconne_(Vitali,_Tomaso_Antonio) さて、アルトゥール・グリュミオー(1921~1986)。彼が若かりし頃(もちろん、当盤のジャケット写真ほど若くはない、30代半ば)に録音したヴィターリは、彼と並んでレコード時代のPHILIPSの看板ヴァイオリニストだったヘンリク・シェリングのヴィターリ(前回紹介)とは対照的に、これまで何度も繰り返し発売されています。レッスンでこの曲を弾くことになって、お手本にするつもりでグリュミオー盤を買った子もいるかもしれない。 しかし、グリュミオーの使用譜は非常に特殊なのです。「グリュミオー版」は、18世紀の手稿譜またはダーヴィト版(おそらく後者)のヴァイオリンパートをベースにグリュミオーの解釈を加え、ピアノパートを新たに書き下ろしたものと思われます。版問題なんて、瑣末なことのように思われるかもしれませんが、今日一般的なシャルリエ版との隔たりは大きく、シャルリエ版をデコレーションケーキに喩えるなら、ダーヴィト版やグリュミオー版はプレーンのパンケーキです。 (特徴的な箇所)49小節~68小節 シンプルな音符たち(上のYouTubeでは2分13秒~3分07秒)119小節~137小節 シャルリエ版ではカットされた幻の変奏(5分08秒~5分54秒)222小節~238小節 主題回帰のないエンディング(9分52秒~最後まで) グリュミオーの録音当時(1956年)、ヴィターリは今日ほど多くのレコードがあったわけではなく、シャルリエ版も世界制覇には至っていなかったと思いますが、グリュミオーはたぶん、ド派手なシャルリエ版を知っていたけど使わなかった。彼はダーヴィトが提案している装飾さえほとんど採用せず、よりシンプルな原曲への接近を志向しているとぼくは信じて疑わない。 独自に作られたピアノパートはダーヴィト版よりもはるかに音楽的。メロディアスな右手はしばしばヴァイオリンに呼応しますが、シャルリエ版のようにヴァイオリンと対決するところはなく、楚々として美しい。 グリュミオーは、率直に言うとぼくの好きなタイプではなく、このパンケーキに隅から隅までムラなくバターを塗ったような音。いかにバターが極上であろうと、ちょっと胃がもたれる。でも、昨日から飽きずに何度も聴いてしまったのだから、好みを超えた魅力がこの演奏にあると認めることは吝かでない。
2014/10/19 シャコンヌ(ヴィターリ)/ヘンリク・シェリング <曲名>シャコンヌ(ヴィターリ) <演奏>(1)ヘンリク・シェリング(Vn)、タッソ・ヤノポーロ(Pf)【1950年代初頭録音、ODEON】https://www.youtube.com/watch?v=SlNlQzzYhfI (最初の3分間のみ試聴できます)http://www.einsatz.jp/lineup/line_up01.html (2)ヘンリク・シェリング(Vn)、チャールズ・ライナー(Pf)【1959年1月16日録音、RCA】https://www.youtube.com/watch?v=0w3lkXanpOg (10分02秒)http://www.amazon.co.jp/dp/B000V2RWMQ (3)ヘンリク・シェリング(Vn)、チャールズ・ライナー(Pf)【1963年2月録音、MERCURY】https://www.youtube.com/watch?v=WktFjYa81aw (9分45秒) 世界初復刻(たぶん) ヘンリク・シェリング(1918~1988)はポーランドに生まれ、ベルリンとパリで学んでメキシコに帰化したヴァイオリニスト。彼は「ヴィターリのシャコンヌ」をわずか10数年の間に3回も録音しています。 (1)は「1950年代初頭」の録音(詳細な時期は不明)。共演者タッソ・ヤノポーロ(Tasso Janopoulo)はシェリングの師匠の一人、ジャック・ティボーの伴奏者だった人で、このピアニストがティボーの紹介だったであろうことは想像に難くない。 世界的な名声を得るようになる前の若き(30歳代前半の)シェリングがフランスのローカルレーベルに吹き込んだ当盤のオリジナルLPは現在の中古レコード市場でサラリーマンのランチ1年分くらいの高値が付いています。わが家にあるのがオリジナルLPではなく、復刻CDであることは言うまでもない。版権を継承したと思われる東芝EMIがかつて10枚組(!)のオムニバス企画でCD化したことがありますが、今となっては幻。EINSATZなど日本のインディーズレーベルが制作している板オコシ盤がサラリーマンの現実的な選択肢です。 (2)はステレオ初期の録音。現在、CD市場で「シェリングのヴィターリ」と言えばこの録音です。日本のRCAによる世界初復刻は2002年。どうもこの名ヴァイオリニストはCD業界で冷遇されていると感じる。 (3)は(2)からわずか4年後の録音で、ピアニストも同じ。何を隠そう、ぼくが初めて聴いた「ヴィターリのシャコンヌ」はこの演奏でした。中学生のときにエアチェックしたカセットテープは今も手元にあります。 (3)を含むアルバムの収録曲、小品10曲のうち9曲は2枚のアルバムの余白に分割されてCD化されましたが(※)、残るヴィターリは未だにCDでは発売されたことがないはずです。なお、当盤の録音時期は「1964年」という情報もありますが、10曲のうち9曲についてMERCURYの復刻CDは「1963年2月」と記載しており、ぼくはこれを信用します。 ※ヴィターリを除く9曲の復刻CDhttp://store.universal-music.co.jp/fs/artist/uccd4751 シューマン&メンデルスゾーンhttp://store.universal-music.co.jp/fs/artist/uccd4752 クライスラー小品集 シェリングのヴィターリは(1)(2)(3)を通じて技術的にも解釈においても非常に安定しています。使用譜はいずれもシャルリエ版。冒頭8小節のピアノ前奏(シャコンヌの低音主題提示)をカットしているのは師匠ティボーの流儀ですが、前奏以外にもあちこちカットしている師匠に対し、シェリングは前奏以外はすべてきっちり弾いています。 使用譜が一貫しているだけでなく、速くなったり遅くなったりするところや異例のスフォルツァンド無視((3)の演奏では7分56秒~)、エンディングの主題回帰(同・8分59秒~)で泣きが入るところまで、10数年にわたって刻印が一定しているのは感心すべきことなのかどうか。 しかし、表面的な特徴が一致しているからと言って、3つの演奏から同じ感銘を受けるわけではない。シェリングの芸術は(3)において真髄を究めている。ギュッと濃縮されて芯に熱を帯びた音、凄まじい気迫、周囲の景色が消えるほどの集中力。音楽と対峙と言うより、ほとんど同化しているんじゃないかとさえ思う。猛獣のような熱演とは対極にある、静かに燃えるスーパーサイヤ人のようなヴィターリ。世界初復刻(たぶん)。