最終回です。
(1)果てしなき道
ベートーヴェンの第5交響曲、全曲盤の最も古い録音といえば、一般にはアルトゥール・ニキシュが、ベルリン・フィルを振ったグラモフォン盤といわれています。1913年の録音で、有名なレコードなので、何種類もCD復刻が有りますが、筆者はそれよりも3年前の1910年録音の、第5の全曲盤を見つけましたので、紹介したいと思います。(クリストファ・N・野澤、「SPレコード」誌、1999年5月)
本ディスコグラフィーでは、これら3大オペラに対する夫々の初録音以来、2014年6月までに世界で発売された全ての全曲盤を対象に(中略)、録音順に配列してあります。(我孫子オーディオ・ファン・クラブ、モーツァルトの「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」ディスコグラフィ、2015年)
ディスコグラフィ作成は永遠に終わりがない作業です。仮に、ある時点で完成度の高いものが仕上がったとしても、忘れられた録音が発見されたり、様々な事情でお蔵入りしたレコード会社の録音や放送局(日本ではNHK、TBSなど)の倉庫で眠っている録音が発掘されたり、さらに最新録音も次々と登場するので、ディスコグラフィは瞬く間に陳腐化します。
そこで、ひとまず「○○年までに発売されたもの」と区切るのが現実的です。前述のベートーヴェンの第5のようなケースはめったにありませんが、未発売のお宝録音の発掘は世界中で盛んにおこなわれているので、ある時点で「○○年までに録音されたもの」とは言いにくいのです。なお、飲み仲間のG氏は「春の祭典」を日本語のほか英語(The rite of spring)とフランス語(Le sacre du printemps)も合わせて3言語検索を毎日実行し、ディスコグラフィをブラッシュアップしています。凄くしんどい(本人談)。
(2)ディスコグラフィへの記載要領
言語や記載項目、掲載順は絶対的なルールがあるわけでなく、編者によります。言語については、ぼくは日本語を基本として、日本語表記が一般的でない人名や曲名のみ原語で記載します。それは決してぼくの語学力(英検4級)のせいではなく、ダラーニ(Jelly d'Aranyi)やグリュミオー(Arthur Grumiaux)のように綴りが難解な人もいるので、日本人にとっての読みやすさを優先しているからです、間違いない!
また、ある特定の演奏家のディスコグラフィでは様々な作曲家名や曲名を何語に統一するべきかという問題が生じます。わが愛しのイヴォンヌ・キュルティの場合、彼女のレパートリーには当時(戦前)のフランスで流行していたと思われるシャンソンもあり、これらの曲名も含めて日本語や英語に統一することは非常に困難です。
記載項目については、ぼくはヴァイオリン曲のディスコグラフィでは「録音年」「ソリスト名」「共演者名」「CD発売レーベル」「録音年月日」を記載し、録音年月日が古い順に並べています。他方、世界的に有名なクレイトンの「ディスコペディア」(※)には録音年のデータがなく、ヴァイオリニスト別に「作曲者名」「曲名」「編曲者名」「共演者名」「マトリクス番号」「発売レーベル名とカタログ番号(再発売含む)」の順に記載し、作曲者名のアルファベット順に並べています。言語の統一性は見られません。(資料提供:ib○tar○w先生)
※記載例(James Creighton, Discopaedia of the Violin)
Yvonne Curti
SIMONETTI
Madrigale pf - arr. vln&pf with G. Andolfi pf Pathé X9756
Madrigale pf - arr. vln&pf with G. van Parys pf L870 Columbia 5290, 01529, D19041, J704
(3)同演異盤
ぼくはカタログ番号はフォローしませんが、中には世界各国で異なる同一録音のカタログ番号を悉く調べ上げる猛者もいます。例えば、ある録音が日独米の3ヶ国で発売される場合、猛者は各国で異なる3つのカタログ番号をすべて記載し、さらに再発売のこれまた異なるカタログ番号の網羅も目指します。
この場合、あるレコードやCDがディスコグラフィ上のどの録音と同一なのか(あるいは新発見なのか)、特定する手掛かりとなるのは録音年月日などの詳細データです。明記されていても誤記の可能性もあるので妄信はできませんが、超廉価盤にはそのようなデータが記載されていない場合があります。
畏友t○rikera氏は100円ショップCD研究の権威で、例えば、ダイソーのホロヴィッツのチャイコフスキーのピアノ協奏曲(共演者は記載なし)は1941年4月19日のライヴ録音(トスカニーニ指揮NBC交響楽団)が使われていることを特定。また、ネット上にはPILZやDeAGOSTINIの幽霊演奏の正体追究に執念を燃やしている人もいます。カタログ番号レベルでのフォローにはこのような異次元にして難易度の高い調査を伴う覚悟が必要です。
【参考記事】「100円ショップ鑑定団」(t○rikera氏)
では最後に、これまでのテーマを振り返りつつ、復習を兼ねて2つのケースを提示します。皆さんのご意見をお聞かせください。
(バックナンバーと主なテーマ)
その1 表記問題(情報収集の観点)
その2 ローカル盤、廃盤、海賊盤など
その3 アマチュアの演奏
その4 別テイク
その5 部分録音、短縮版、リハーサルなど
その6 編曲版
その7 映画
その8 表記問題(記載の観点)など
【ケーススタディ】プロとアマチュアの共演(しかも編曲版)
♪ピーターと狼(プロコフィエフ/戸田顕編曲)
千々松幸子(ナレーター)、福本信太郎指揮相模原市民吹奏楽団
「ど根性ガエル」のピョン吉や「ドラえもん」の野比玉子(のび太のママ)の声優を迎えたアマチュア名門吹奏楽団の市販CDは同曲の日本語ナレーション盤のディスコグラフィの対象にしてもよいでしょうか。
【ケーススタディ】使い回しかもしれない別テイク
♪ピアノ協奏曲第1番(ベートーヴェン)
第1楽章(カデンツァ:ベートーヴェン)
第2楽章(カデンツァなし)
第3楽章(カデンツァ:ベートーヴェン)
♪ピアノ協奏曲第1番(ベートーヴェン)
第1楽章(カデンツァ:グレン・グールド)
第2楽章(カデンツァなし)
第3楽章(カデンツァ:グレン・グールド)
ラルフ・フォークト(Pf)、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団
当盤には同じソリスト、同じ指揮者、同じオーケストラによる第1番が2つの演奏で収録され、第1楽章と第3楽章のカデンツァは別版が採用されています。しかしカデンツァを含まない第2楽章はまったく同じ演奏時間であることを飲み仲間のn先生が指摘。そこでJH氏が比較試聴するも同じ演奏としか思えず、これはひょっとして別テイクではないのか。真相はいかに。